最高裁判所第二小法廷 昭和51年(行ツ)37号 判決 1976年10月08日
上告人 森山権太郎
被上告人 東京国税局長
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人嶋田敬の上告理由について
国税徴収法三九条にいう「受けた利益の限度」の額は、当該受益の時を基準として算定すべきものであるから、その算定上受益財産の価額から控除すべき出掲は、右受益の時においてその存否及び数額が法律上客観的に確定しているものであることを要すると解するのが相当である。しかるところ、受益財産の取得により課される道府県民税及び市町村民税は、当該財産の取得による所得のみならず、その年中に生じた他の所得及び損失等との関連において課税標準及び税額が異動するものであつて、受益の時においてはその納税義務の存否及び数額を法律上客観的に確定することができないものであるから、たとえその後に右税額が確定しこれを納付したとしても、その納付税額は、前記「受けた利益の限度」の額の算定にあたり、これを受益財産の価額から控除すべきものではないといわなければならない。国税徴収法の前記規定が、滞納国税の徴収を確保するため、滞納者の親族その他の特殊関係者に対し、その受けた利益が現存しなくてもなお「受けた利益の限度」において第二次納税義務を負わせている趣旨にかんがみれば、右のように解したからといつて、所論のいうように特殊関係者に対して不合理な税負担を強いるものであるとすることはできない。それゆえ、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見地に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)
上告理由
一 原判決に国税徴収法三九条の解釈適用を誤つた法令違背があつて、それが判決に影響を及ぼすことが明らかである。
(1) 原判決は、上告人が焼野殖林から金二、八〇〇万円を受領したことに関し、函館市長から金四、〇五八、八〇〇円の道市民税を賦課され、これを納付ずみであるから、上告人につき国税徴収法第三九条に規定する「受けた利益の限度」を算定するに当つては右道市民税と同額を控除すべきであるとの上告人の主張に対し「国税徴収法第三九条に規定する第二次納税義務の制度は、形式的には第三者に財産が帰属しているが、実質的にはなお納税者(滞納者)にその財産が帰属していると認めても公平を失しないような場合に、その形式的な権利の帰属を否認しながら、しかも私法秩序を乱すことを避けつつ、形式的に権利が帰属している者に対して補充的に納税義務を負担させることによつて租税徴収の確保を図ろうとする制度であると解される。ところで第二次納税義務者が負うべき納税義務の範囲につき、同条は「処分により受けた利益が現に存する限度(これらの者がその処分の時にその滞納者の親族その他特殊関係者であるときはこれらの処分により受けた利益の限度)において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う。」旨を規定しているが、右にいう「受けた利益」とは、上に説明した同条の規定の趣旨にかんがみ、財産の処分がなされた時点における当該受益財産の客観的価値を指すものと解すべく、右財産の取得に要した直接の費用、例えば契約の対価、契約の費用、登録免許税等は右財産の価額から控除されるべき筈であるが、道市民税は、受益財産の取得による所得のみならず、他の所得およびその計算上生じた損失との関連において課税標準が異動するのであつて、受益財産の取得に関して賦課された道市民税であつても、これを受益財産の取得に要した直接の費用とはいうことができないから、前記「受けた利益の限度」の算出に当つて道市民税の金額を受益財産の価額から控除すべきものではないと解するのが相当である。」と判示してこれを排斥した。
しかしながら、第二次納税義務の制度は、原判決も前段で説示するような理由から、主なる納税義務に対し第二次的、すなわち附従的・補充的に納税義務を負担させることにより、税負担の公平と徴税手続の合理化を図るために認められているものであるから、第二次納税義務を課することにより第三者にその受けた利益以上の負担をかける結果となること、すなわち、第三者の固有の資産から持ち出させることまでも目的とするものではなく、そのような結果となることは不合理であり、とうてい許されないものといわなければならない。
したがつて、受けた利益の限度を算出するにあたつては、現実に受けた利益からこれを受けるために要した対価の額および仲介手数料等の経費の額を控除できるのはもちろん、これを受けたことにより法律上当然に納付しなければならなかつた税額もまた控除できるものと解するのが相当である。けだし、法第三九条の第二次納税義務が詐害行為取消という訴訟手続にかえて、簡易迅速に国税の確保を図る趣旨のものとされていながら、その要件において詐害行為取消権の場合と異なり
(イ) 納税者(滞納者)の悪意を要しない
(ロ) 受益者の善意悪意を問わない
で成立することに思いを致すとき、右税額を控除できないとすれば、第二次納税義務を課せられる第三者(受益者)は、その受けた利益をこえて右税額相当分の負担を負わせられることとなり、不合理な結果となるからである。
ことに、本件の場合は、道市民税だけが問題とされているに過ぎないが、法律上は第三者が受けた利益に関し当然所得税も賦課される筋合いであるが、この所得税も原判決の判示するところにしたがい、受益財産の取得に要した直接の費用にあたらないとしてその税額相当分を控除すべきでないというのであれば(この点は、原判決の直接判示するところがないが、原判決の考え方からすればそう解さざるをえない。)、いよいよ第三者に対し受けた利益を著しく超過する税負担を強要する結果となるばかりでなく、本来第二次的・補充的な第二次納税義務が第一次的・主位的義務にあたる所得税の賦課徴収に優先する結果ともなつて、その不合理なこと一層明白である。
(2) なお、原判決は、上告人の前掲主張を排斥する理由として「いま、もし仮に「受けた利益の限度」の算出にあたり、受益財産取得の結果賦課された道市民税を控除すべきものとすると、上記国税徴収法第三九条の規定に基く第二次納税義務告知処分は、当該財産の処分行為がなされた後に直ちになし得るのであるから、道市民税が確定していない段階においても右処分をすることを妨げないのであるが、かかる場合には道市民税を見込んで控除しなければならないという不都合を生じるばかりでなく、受益者が他にも所得がある場合は、このことによつて道市民税額が変動するのであるから、年度の途中においては控除額の決定は不可能となり、更に申告期限後においても争訟手続を経て税額が変更することもあり得るのであるから、この場合には、一旦なされた第二次納税義務告知処分の内容を変更しなければならないという不都合を生じ、事実上第二次納税義務告知処分をすることができないという不合理な結果をも招きかねないのである。」と補足説示している。
しかし、本件の道市民税金四、〇五八、八〇〇円は、上告人が昭和四〇年度過年度分として、すでに申告済の所得金額に更に金二、八〇〇万円を上積した結果あらためて算出された税額から過年度中に納付した税額を控除した確定税額を問題にしているのであるから、右の理由は本件の場合に適切でない。
しかのみならず、告知処分が原判決の指摘する不確実要素に左右されるとしても-現実にそのような不都合な結果を生ずるかどうか疑問である-それはひとり第二次納税義務に特有のことでなく、多かれ少なかれすべての税に共通する問題であるばかりでなく、第二次納税義務告知処分の実態に徴するときその処分の時期の早いおそいにかかわらず第二次納税義務者として納付すべき金額を確定することが容易でないところから、納付通知書に記載すべき「徴収しようとする金額」は多くの場合見込額が記載されている事実、それに法第三九条の納税義務本来の存在目的、すなわちその受けた利益の現に存する限度(特殊関係者の場合には受けた利益の限度)において第二次的・補充的に納税義務を負担させることによる税負担の公平と徴税手続の合理化をはかるという目的とにかんがみれば、原判決の指摘する危倶は全く杷憂に過ぎないばかりでなく、その考え方はむしろ手段のために目的を没却する本末顛倒のものというべく、仮に原判決のいうような不合理が現実に生じたとしても、それは、確定した第二次納税義務の変更の場合として、行政法一般の原則により告知自体の取消、義務額の一部取消を行なうこと、または追加の処分を行なうこと、受益者の側からすれば、処分に対する異議申立・審査請求・訴訟等の方法をとることによつて、これを十分是正することができる筋合いである。
(3) そうであるとすれば、国税徴収法第三九条の「受けた利益の限度」の算定に際し、上告人が納付した道市民税金四、〇五八、八〇〇円はこれを控除すべきである。しかるに、原判決がこれを控除すべきでないとしたのは、同条の解釈を誤つたものであるから、原判決は、右限度において取消を免れない。